これからの「正義」の話をしよう マイケル・サンデル
戦後、日本で正面切って正義を語ることは、無くなってしまいました
その筋では、やれ、ロールズがどうのこうの・・・。
・・・ノージックがどうの。延々ひとの言葉を借りて繰り返すだけ。
日本人には、妙に馴染みにくい論争があったので、いくらでも繰り返せる。
でも、真剣に語ってるのは、正義の味方アメリカ人ばかりです。
ま、そのあたりは諦めるとして、
今、本当に、この人の話が聞きたいなと思ってたひと達のひとりマイケル・サンデルの議論がこれです。
これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学 マイケル・サンデル Michael J. Sandel
商品の説明
内容紹介
『ハーバード白熱教室』NHK教育テレビにて放送中(2010年4月4日~6月20日、毎週日曜18:00~19:00、全12回)! ハーバード大学史上最多の履修生数をほこる超人気哲学講義、待望の書籍化!
推薦:宮台真司氏
1人を殺せば5人が助かる状況があったとしたら、あなたはその1人を殺すべきか? 金持ちに高い税金を課し、貧しい人びとに再分配するのは公正なことだろうか? 前の世代が犯した過ちについて、私たちに償いの義務はあるのだろうか――。
つまるところこれらは、「正義」をめぐる哲学の問題なのだ。社会に生きるうえで私たちが直面する、正解のない、にもかかわらず決断をせまられる問題である。
哲学は、机上の空論では断じてない。金融危機、経済格差、テロ、戦後補償といった、現代世界を覆う無数の困難の奥には、つねにこうした哲学・倫理の問題が潜んでいる。この問題に向き合うことなしには、よい社会をつくり、そこで生きることはできない。
アリストテレス、ロック、カント、ベンサム、ミル、ロールズ、そしてノージックといった古今の哲学者たちは、これらにどう取り組んだのだろう。彼らの考えを吟味することで、見えてくるものがきっとあるはずだ。
宮台真司氏(本書オビ裏より)
1人殺すか5人殺すかを選ぶしかない状況に置かれた際、1人殺すのを選ぶことを正当化する立場が功利主義だ。これで話が済めば万事合理性(計算可能性)の内にあると見える。ところがどっこい、多くの人はそんな選択は許されないと現に感じる。なぜか。人が社会に埋め込まれた存在だからだ――サンデルの論理である。
彼によれば米国政治思想は「ジェファソニズム=共同体的自己決定主義=共和主義」と「ハミルトニズム=自己決定主義=自由主義」を振幅する。誤解されやすいが、米国リバタリアニズムは自由主義でなく共和主義の伝統に属する。分かりにくい理由は、共同体の空洞化ゆえに、共同体的自己決定を選ぶか否かが、自己決定に委ねられざるを得なくなっているからだ。
正義は自由主義の文脈で理解されがちだが、共和主義の文脈で理解し直さねばならない。理解のし直しには、たとえパターナル(上から目線)であれ、共同体回復に向かう方策が必要になる――それがコミュニタリアンたるサンデルの立場である。
この手の議論になじみのないひとにとっては、幸いなことに講義のレジメの様なものなので、
大変読みやすい。
これでも、まだちょっとという人のためには、NHKの番組をYoutubeにアップしてくれている人がいるので、
是非とも学生時代にかえって講義に参加してみてください。
4月4日 第1回 「殺人に正義はあるか」
Lecture 1 犠牲になる命を選べるか
Lecture 2 サバイバルのための殺人4月11日 第2回 「命に値段をつけられるのか」
Lecture 3 ある企業のあやまち
Lecture 4 高級な「喜び」 低級な「喜び」4月18日 第3回 「「富」は誰のもの?」
Lecture 5 課税に「正義」はあるか
Lecture 6 「私」を所有しているのは誰?4月25日 第4回 「この土地は誰のもの?」
Lecture 7 土地略奪に正義はあるか
Lecture 8 社会に入る「同意」5月2日 第5回 「お金で買えるもの 買えないもの」
Lecture 9 兵士は金で雇えるか
Lecture 10 母性売り出し中5月9日 第6回 「動機と結果 どちらが大切?」
Lecture 11 自分の動機に注意
Lecture 12 道徳性の最高原理5月16日 第7回 「嘘をつかない練習」
Lecture 13 「嘘」の教訓
Lecture 14 契約は契約だ5月23日 第8回 「能力主義に正義はない?」
Lecture 15 勝者に課せられるもの
Lecture 16 私の報酬を決めるのは・・・5月30日 第9回 「入学資格を議論する」
Lecture 17 私がなぜ不合格?
Lecture 18 最高のフルートは誰の手に6月6日 第10回 「アリストテレスは死んでいない」
Lecture 19 ゴルフの目的は歩くこと?
Lecture 20 奴隷制に正義あり?6月13日 Lecture 21 コミュニティの主張
Lecture 22 我々の忠誠心はどこにあるのか6月20日 Lecture 23 同性結婚をディベートする
Lecture 24 善良な生活
内容は、正義や倫理を語る上で外せない諸流派の議論の基本を的確になぞり、
具体的な事例でその意味を学生達と考えてゆきます。
みんなのよく知ってる「最大多数の最大幸福」という誰もが否定できそうもない原理(功利主義)
の適用によって、あるときには倫理的に納得しようのない帰結が導き出されてしまうことがあります。
あちらの正義論の議論は、それとの対決です。
諸流派の切り口のバラツキは、こいつとの価値観・対決法の違いなんです。
キリスト教道徳の影響からか、忌み嫌っている人も多くいます。
でも、否定しても否定しても不死身のように生き返って来きてしまうんです「功利主義」は・・・。
日本でも、学会以外の場所で、地に足をつけた真剣な議論の芽が出かけています。
そういう議論を理解するための格好の基礎知識を得られる良い内容だと思います。
30年前の関西の大学では、色んな先生の講義を聴講して回りましたけど、
こんな素晴らしい講義におめにかかったことがないですね。
わたしは、このあたりの議論の周りを30年近くぐるぐる回っています。
意見の分かれ方は理解できたけど、どの意見に属したらいいのか未だに決めかねるほどの、
単純ではあるけれど、自らの生き方に関する根源的な倫理観の確立が要求される難しい議論です。
残念ながら正義論の原点、震源地は、
現在手に入らないし、もし、高価な古書が手に入っても、普通なら学生でも途中で投げ出しちゃうような難渋する内容・翻訳のものでした。
現在、
の著者川本氏が翻訳を進行中とのことなので、もし、原典に中りたいという奇特な人でも、
待ったほうがよいと思います。上記書籍も正義論入門にはちょうど良いでしょう。
30年くらい前にもこの手の番組がありました。
「不確実性の時代」と「選択の自由」と言う番組です。
ガルブレイスの『不確実性の時代』は、題名が示すとおり
内容もあたかも文学のような書名だけしか印象に残らない不確実なものでしたが、
ミルトン・フリードマンの『選択の自由』は、時流にも乗りその後の学会は言うに及ばず、
政治の新自由主義や、政策当局、民間金融機関のイデオロギーとなり、
先日、わたしたちが目の当たりにした破綻へと突き進んだのです。
そのフリードマンらの考え方は、現代の功利主義を代表するような考え方です。
フリードマンに関しては、経済学者の論説ではないけれど、
さすが、鬼のような読解力の「松岡正剛」の論評が大変面白いと思いました。







